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グンダリーニ発現後 多次元的障害と格闘する日々

 今にして思えば、本格的な試練(ちょっと大げさな言い方かも^^;)が始まったのは、「グンダリーニ」が発現してからである。それまでは、霊的感性も感覚も認識も未熟で、三次元的に説明できることやシンクロニシティ的に自分が納得できること以外の出来事などについては、判断のしようがなかったのである。

 

 「グンダリーニ」が発現して後の数か月の間、自分の周りの環境が激変しただけでなく、目に見えない多次元的障害(親の生霊や「カー障害」〈(「悪魔」「宗教霊」や「悪霊(あくりょう)」など)の中でも「悪魔」にしつこくやられた〉)の影響も受け、私は精神的に不安定になっただけでなく、肉体的にも口では説明できないほどのしんどさを味わった。この時に、主人による精神的な支えとサポート、高級神霊様のご加護がなければ、今頃どうなっていたかと思うだけで恐ろしいような・・・

 

  例えば、毎晩就寝しようとして目を閉じると、わけのわからないものが観えてきて・・・観たくなくても観えてくるような感じで・・・この時は、何者によって観せられているのかもわからなかったし、自分でそれを祓うこともできなくて、いつも主人に祓ってもらっていた。主人は「悪魔」の仕業だと教えてくれたが、私の認識が追い付かない。

 

  頭でわかっているつもりになっていると、「悪魔」はあの手この手で揺さぶりをかけてきた。最初の頃、「悪魔」は、気持ち悪いビジョンを観せて恐怖心を惹起させるか、ゴージャスなビジョンを観せて虜にさせるかのどちらかの手法をとっていることが多いような気がしたが、私の場合、後者はさほど有用ではなかったようで、ひたすら前者の手法で脅しをかけてきては、私を震え上がらせた。来る日も来る日も攻撃され続けると、精神的にも肉体的にも参ってくる。

 

  ある時、いつものように「悪魔」の攻撃が始まって、あぁ~今日もかと思っていると、ある存在がすーっと現れた。白くてエレガントな龍神である!!三つの頭を有し、細くてエレガントな龍神様であるにも関わらず、真ん中の頭で「悪魔」のエネルギーをすべて飲み込んでいくのである。とても信じられない光景(ビジョン)だった。すぐに主人に、その存在のことを話したところ、しばらく考えてから、「三頭龍神」様という存在だと教えてくれた。「三頭龍神」様は、「ユニバーサルクンダリーニ」レベルで出現する存在で、三つの頭は、多次元宇宙的に、「イダ」「ピンガラ」「スシュムナー」を象徴していると教えてくれた!!

 

 この夜から、私は「三頭龍神」様に守られているように感じられ、安堵を感じ、良い眠りにつくことができるようになった・・・

 

 つづく・・・

2018年12月27日 07:10

クンダリーニ発現

 一回目のヒーリング前後のカウンセリングで、聞き慣れない多次元的なことに興味を持ち、自分でもわかるようになりたいなぁと思い、どうしたらよいかと主人に聞いてみたところ、基本中の基本である「波動チェックセミナー」を受けてみたらどうかと提案された。当時は、仕事や自分が始めたクリアボイアンススクールの授業の関係で、すぐに時間がとれないため、一回目のヒーリングから約1か月半後に「波動チェックセミナー」を受けることにした。併せて、二回目のヒーリングもお願いした。

 

 二回目のヒーリングで「クンダリーニ」が発現する可能性があることを予見したようで、主人は時々遠隔の予備ヒーリングをしてくれた。主人は縁をもったことのない人に対して遠隔ヒーリングをすることはないが、一度縁を持ったことのある人に対しては、必要性があればすることはあるようである。二回目のヒーリングまでに、私はそれまでにやっていたスピ系のことを継続していたので、授業や実技がある度毎に、「カー障(悪魔)」やら「霊障」にやられ続けていたようだ。今なら、すぐに止めるのだが、当時の私は、多次元的障害に対する知識がなく、今と比べかなり鈍感だったことに加え、肉体的疲労や体のしびれには慣れていたので、自分が受けていた多次元的障害の影響をさほど深刻には受けとめていなかったのである。

 

 身をもって体験し、痛い目にあって初めて学習するタイプとはいえ、今にして思えば、無知から来る怖いもの知らずというのは本当に怖いなぁと・・・そういう理由もあって、主人は必要なタイミングで「カー障」や「霊障」を祓ってくれ、遠隔ヒーリングで各チャクラのケアをしてくれた。

 

 さて、いよいよ待ちに待った「波動チェックセミナー」と二回目のヒーリングの時がやってきた。二回目の正式なヒーリングの前に、ヒーリングベッドの上で、主人は再度予備ヒーリングをしてくれた。30分程度のヒーリング後に、「頭頂のチャクラからエネルギーを流してみるけどわかるかな」と聞かれ、この時はかすかな微細なエネルギーが頭頂のチャクラから流れるのを感じた。また、ハートチャクラに「青龍」様が入られたと告げられた。私は突然のことにびっくりし、どう反応してよいかがわからなかった。その後、ハートチャクラを中心に、何かがハートから上のチャクラに移動しては、ハートチャクラに戻るのを時々感じるようになった。当時の私は、チャクラが活性化した時の反応と、「青龍」様がチャクラを動いていくときの反応の区別がつかない状態だったので、チャクラが活性化しエネルギーが流れるときは、不思議な気持ちで感じていた。実は、二回目のヒーリングでの「グンダリーニ発現」には、「青龍」様のサポートもあったようである。

 

 予備ヒーリング後に、「波動チェックセミナー」を受けた。この時に、波動とは何か、そのアナライズの仕方、多次元的障害とは何か、アナライズ時の心構え、認識の段階などをセミナーで学んだ。学んだ後の実技で、二回目のヒーリングで「グンダリーニ発現」は可能かどうか、可能の場合は何%可能かもアナライズしてみた。

 

 さて、いよいよ二回目のヒーリングが始まった。先入観による恐怖をもつとよくないので、なるべくリラックスするようにと言われた。いつものヒーリングを短かめに行った後、主人は頭頂の方からエネルギーを入れるねと言ってくれた。頭の中で「おたまじゃくし」のようなかわいい「白いエネルギー」がシューシューと頭の中を流れていくのを目を閉じて眺めていくうちに、急に体がひとりでに反応しだした。すごく規則正しいリズムで体が動くので、すごく神秘的に感じられた。自分の意志で体の動きを制止しようと思えばできるのだが、リズミカルに動く自分の体を客観的に感じている方が面白いので、自分の体をそのリズムにゆだねた。大きな宇宙的なリズムのうねりの中で、自分の体がそれに呼応し動いているように感じられて、何とも言えない神秘性を感じた。

 

 この時に、私が体験した「グンダリーニ」エネルギーは、熱くもなく冷たくもなかった。性感も伴っていなかった。幸福感のようなものも感じられなかった・・・後に、主人に聞いたところ、肉体が「アースコズミッククンダリーニ」に反応したと教えてくれた。当時は自分の予想とは違う感じで体が反応するので、どうしてかなと思っていたが、今にして思えば、なるほどと頷ける反応である。

 

 その時は、ただただ、宇宙の神秘的な動きには驚嘆せずにはいられない自分がいた。日々の生活の中に埋没していると、それを感じることは出来ないが、本当はいつも自分はこの大きなうねりの中で生きているんだと、何となくわかったような気がした・・・

 

 つづく・・・
 

2018年12月26日 07:10

グンダリーニについて

 ここで、何で「グンダリーニ」なの?と思われる方もいると思うが、学生時代に読んだ「グンダリーニヨガ」の関連書(ご興味のある方は、ご自分の責任範囲内で読んでみてください)で、グンダリーニを発現し、覚醒すれば悟りが開けると書いてあったのが、私の心の中のどこかでずっと気になっていた。それまでに、色んなことをやっていたのも、根底には自分を知りたいという強い欲求があったからだ。

 

 *グンダリーニヨガ


 生まれながらの霊的感性と悟りの間の相関や霊的体験と悟りの間の相関について、よくわかっていなかったときに(今も勉強中・・・)、神智学やヨガの本などを読み漁っていた時期、チャクラが全活性したら、人知を超えた悟りを開くことができると書いてあったのに興味を持った。神智学のリードビーターにその存在を見出された、クリシュナムルティ(スイス留学中にフランス人の友達が教えてくれた)もヨガをやっていたようだ。彼は、ヨガよりもteachingをしていたようだが、その内容はどれも興味深く、悟りはかなり高そうな印象をもった(後に主人に確認したところ、彼の本来的霊格は梵天だけど、晩年はあまり宜しくない状態に陥り、今は寒いところにいるかもねと教えてくれた)。

 

 個人的には、内分泌内科を専攻していたことも関係し、チャクラと内分泌腺の関係には並々ならぬ関心をずっと抱いていた。

 

 *ヒーリング


 私の場合、主人のヒーリングを受けた際に、最初に「コズミッククンダリーニ」が発現したのだ。私の場合は少し例外があったようだが、一般的にはそこに至るまでに、いくつかクリアしなければいけないことがある。ここを怠ると「グンダリーニ発現」はおぼつかず、さらに運よく「グンダリーニ発現」したとしても、「グンダリーニ障害」に陥る危険性が高くなる。この記事シリーズの中で私が体験したことは後に詳述することにするが、まず総論的に俯瞰してみる。

 

 ヒーリングで「グンダリーニ」が発現した時、私のエネルギーの経路および各ボディの構築が完成していなかったので、肉体がリズミカルに振動した(主人の表現を借りれば、タンブリングしていた。ドッタンバッタンしていたと(笑 )・・・初めての経験で、どこからこのエネルギーのリズムがやってくるのかが不思議でたまらなかった。

 

 その後、数年間かけて、主人とのエネルギーワークを通じて、「グンダリーニ」のエネルギー経路および多次元ボディの構築が出来上がっていった。私が感じていたエネルギー経路は、これまでに読んだ書物の中に書かれていたものと異なっていたので、その理由を主人にアナライズしてもらったところ、色んなことが判明した。まず「グンダリーニ」発現に必要な基本的要件なるものがあることがわかった。

 

 1.理性、知性が安定している
 2.「カーボディ」を生得している、または「カーボディ」を生後に構築・活性している
 3.物質次元において、物心両面においてグランディングが出来ている。または、それらから自在を得ている
 4.肉体的老化が限界に達していない(肉体活性の衰えがない)


 
 まず、上記のような条件をクリアしていない状態で、やみくもに「クンダリーニ」を発現させたりすると、多次元ボディが未完成のままなので、結果ネガティブエネルギーの引き寄せやその他諸現象により精神的に不安定になることによる、いわゆる「クンダリーニ」障害に見舞われることがままある。

 

 なぜ、「クンダリーニ」障害なるものがあるのかというと、その一因としてアナライズされたものとして、肉体以外にもっている多次元ボディの違いによって、「エネルギー」ブロックが存在するからだ。たとえば、「霊体」タイプの人の「精神体」には二、三か所に「エネルギーブロック」があって、それが「イダ」の経路に影響を及ぼす。この「エネルギーブロック」を除かずに、「グンダリ―二昇華」をすると、エネルギーで全身を焦がすかもしれない。また、「精神体」に変調をきたすかもしれない。

 

 また、「イダ」「ピンガラ」「スシュムナー」という3つのエネルギー経路に関しても、「霊体」タイプと「カーボディ」タイプでは、その上昇する断面が異なるようだ。「霊体」タイプは、前頭面での上記の3つの経路のエネルギー上昇を体感できるが、「カーボディ」タイプでは、上昇する断面は異なる。

 

 さらには、「霊体」タイプと「カーボディ」タイプでは、昇華する「グンダリーニ」エネルギーも違う。「霊体」タイプは、昇華できるエネルギーは「アースコズミッククンダリーニ」が限界のようだが、「カーボディ」タイプは、「ユニバーサルクンダリーニ」以上のエネルギー昇華が可能のようだ。

 

 「イダ」は、肉体に由来し、活性と性感を伴うようだが、タントラヨガはこの部分を活性化しているように思われる。「ピンガラ」も肉体に由来し、浄化や清涼感を伴う。「スシュムナー」は、前記の両者がバランスがとれたときに、高次元からのエネルギーが流入し、「頭頂チャクラ」を通り、体内の各チャクラをめぐり、「地球の中心チャクラ」でリターンし、再び体内へ上昇する。その波に乗って、到達する波動世界(ハートチャクラ)で、覗き観るものは各個人で異なるようだ。ここに来て初めて、「悟り」を求める「一方法」としての「クンダリーニ」昇華に意味が見いだされる!


 ちなみに、「クンダリーニ」には、「肉体クンダリーニ」「アースコズミッククンダリーニ」「ユニバーサルクンダリーニ」「ハイパーユニバーサルクンダリーニ」があるようだが、それぞれの発現には8次元、13次元、21次元、76次元以上の波動を必要とする・・・ただ、例外として「肉体クンダリーニ」は、4次元や4’次元でも発現することがあるようだ。勿論、それによって発現した「肉体グンダリーニ」は、それと同等の波動を引き寄せることになるが・・・

 

 端的にではあるが総論的に、「グンダリーニ」に対して述べてみたが、このシリーズの「その二」で具体的に私が「グンダリーニ」発現に至るまでに辿ったプロセスに関して、書いてみたいと思う。
 

2018年12月23日 07:10

グンダリーニ発現に至るまで その二

 主人に初めてヒーリングを受けた時、私はレイキでレベル1-3を受講し終えて3か月が経っていた。その頃はレイキを伝授してくれた人と頻繁にメールのやり取りをしていただけでなく、東京にあるクリアボイアンススクールにも通っていた。

 

 ほんの数か月の間だったにも関わらず、いつの間にか、それまでに経験したことのない、日常生活と符合しない形でのビジョンの侵入を自覚するようになった。つまり、私が何かに意識を向けたり、祈ったりなどの行為をしていなくても、無理やり私の中に侵入してくるような感じで、ビジョンが観えてきたということである。私の意志を無視されているようで、それが起こる度に、何とも言えない気持ち悪さを覚えた。しかし、困ったことに、自分が観ているものに対する判断がつかなかったので、どうしたらよいかのかがわからなくて途方にくれた。また、休息をとっても疲労感が取れず、自分は機能しない半病人のように感じられた。

 

 そんな時に、自分の身に起きたことを真剣に知りたいと思い、死に物狂いでネット検索した結果、当時の主人のHPにたどり着いた。主人のサイトを見つけた時、この人は「俯瞰できる認識力をもっている人」か「気違いで誇大妄想を抱いている人」かのどちらだろうと思った。記事の文面だけではその判断ができないから、直接会ってみて、どういう人かを判断したいと思い、連絡をとったのがきっかけで、カウンセリングとヒーリングを受けることになった。

 

 主人はヒーリングをする前に、スピ遍歴を含めた詳細なカウンセリングをしてくれた。カウンセリングが終わると、主人は私にヒーリングベッドの上に横たわるように指示した。それまで、私はレイキヒーリングしか受けたことがなくて、どんな感じでヒーリングをしてくれるのかなと興味津々で待っていると、主人は体に手を当てることもなく、チャクラと思しきところに手を当ててヒーリングをしてくれた。手から暖かいエネルギーが流れてきて、気持ちがよくなっていつの間にか眠っていた。気が付いたら、最初のヒーリングが終わっていた。

 

 ヒーリング後に、お茶をしながら、主人はヒーリングで何をしてくれたかを教えてくれた。

 まず、私の基底のチャクラに入っているネガティブパイピング(ネガパイ)を処理してくれたと。このパイピングはレイキを伝授してくれた方から出されていたネガパイで、そのパイピングを通して私のエネルギーが抜かれていたようだ。(どうりで疲れがとれないわけだと心の中でつぶやいた--;)また、ややこしいことに、その方のバックには「悪魔」が暗躍していた。当時の私は、「悪魔」が実在するマイナスのエネルギー存在という認識を持ち合わせていなくて、何となくどこかにいるよくない存在としか漠然と考えたことがなかった。しかし、その後から今に至るまで、私は「悪魔」の悪辣なしごきにあって、そのしつこさ、狡猾さ、強烈な悪意などをいやというほど思い知らされることになるが・・・それまでの私は「悪魔」に対して全く無知で、無防備であった。

 

 さらに悪いことに、私はクリアボイアンススクールでも「悪魔」に縁しており、その後しばらくの間、強烈なしごきにあった。例えば、私がお参りで高級神霊にアクセスしようとすると、眉間のチャクラに侵入し、女神様の姿を見せてくれたり、私がその時に欲しいなあと心で思っているものを見せてくれたりした。身内に成りすまして、揺さぶりをかけられたこともあった。例を挙げたらきりがないが、スピ系の初心者である当時の私には、かなり応えた。というのは、そういうものを見破る認識も方法も知らなかったからだ・・・

 

 当時の私には、「ネガティブパイピング」「悪魔」だけでも、聞き慣れないことが多くて衝撃がかなり強かったが・・・初回のヒーリングで主人はもう一つ大事なことをしてくれた。「私の魂の兄弟(過去生の自分)」のご引導である。この時に初めて‛魂の兄弟’なるものがあることを知ったことになるが・・具体的にどういう存在なのか・・・今までに自分で考えたこともなかったので、いきなり考えろと言われても、何も考えられなかった。

 

 他には、私が抱えていた「霊障」も対処してくれたようだ・・・未成仏のご先祖様のご引導である。

 

 上記のようなことをヒーリングの間に、主人が対処してくれたおかげで、ヒーリングが終わってから、私の総合波動が統合波動(極性を統合した13次元波動)にまでアップしたようである。当時の私は、今ほど敏感ではなかったので、正直言って、体が楽になった、すっきりした以外のことはあまりわからなかった・・・

 

 二回の正式なヒーリングで「グンダリ―二」が発現するが・・・そこに至るまでには、まだまだ長い道のりがあった。

 

 つづく・・・

2018年12月22日 07:10

グンダリーニ発現に至るまで その一

 高校生、大学生の頃から、悟りたいなぁとずっと思っていた!!

 

 悟ったら、自分の苦しみや悩みなどがすべて解決できると思い込んでいたからだ・・・(^^;悟りに至るには、具体的にどうしたらよいのかがわからず、自分なりにこれはと思える方法を試すしかなかった。

 

 *虚空蔵求聞持(聡明)法


 お大師様が入唐前に修したと言われる秘法。そのおかげもあって、青龍寺の恵果阿闍梨から真言密教の法を伝えられ、日本に真言密教をもたらしたと言われている。


 お大師様が実践された方法なら間違いないと思い、やってみたいと思ったが、本屋やネットで情報を探しても、怪しい(?)情報ばかりで・・・いくつかの本を読んだ後、何となく何をどういう風にやればよいかがわかったが、指導者がいない状況では、自分一人でやるのは怖いし、精神的におかしくなっても困るなぁと思って結局、この方法を断念した・・・

 

 お大師様は入唐前と帰国後に、この法を修したようだが、満願の時には、明けの明星が口の中に入る体験を経験されているようだ。

 

 *


 大学院の時、やらなければいけないことが多すぎて、このままでは疲弊して、いつまで身がもつかわからないと思って、何かいい方法はないかと模索するうちに、図書館で分厚い「臨済録」という書物に出会った!最初から読んでみたが、さっぱりわからなかった( ;∀;) 頓悟禅の書物には、悟りへ至る階梯が具体的に書かれていないからだ・・・頭で理解するのをあきらめて、参考になる部分だけを選んで読もうと思った。


 最後の方の章には、悟ったと思しきお坊さんが、「趙州」(悟ったと認められた中国の有名なお坊さん)に、「悟後」の修業について尋ねる場面が書かれていることに気づいた(^^; 興味津々で、すごい答えを期待していたが、「趙州」の答えは至ってシンプルだった・・・普通に日常生活を送ることだと・・・!!


 山や寺などに籠って座禅を組んだり、厳しい修行をしなくても、日々の生活という修業(実践?実戦?)の場で、悟りは得られるんだと気づき、その後は、自分の日々の生活を「無の境地(こういう境地だろうと当時の私が自分なりに考えた心境?)」で過ごそうと決めた。

 

 そのためもあってか、大学院時代には、なぜか不思議な体験をいっぱい経験した。例を挙げたらキリがないくらい経験した!この時期は、予知的な出来事を多く経験し、日常生活の中で整合性がつき、自分なりに納得することが多かった・・・スピリチュアル体験の記事、死生観の転換シリーズの中で、私のそれまでの「死生観」を変えてくれた体験を一つだけ例として挙げてみた。もっと面白いシンクロニシティ的な体験もあるが・・・あまり重要なことではないので、ここで割愛させていただく。

 

 こういった体験を経験したからと言って、私の悩みが減ったわけではないし、自分自身についてわかったわけでないと感じていた。だから、そういったことよりも、もっと自分自身の心の探求をしたいと思い、ユング心理学を勉強した。河合隼雄先生は、「ユング心理学と仏教」というご本を上梓されていて、スイスへ渡航する前に読んだとき、ユングの意識(個人的潜在意識、集合的潜在意識など)への探求と仏教の唯識論との間の解釈がとても興味深く、ユング心理学での解釈で、ここまで心の世界が客観的にわかるんだと、ある種の感動を覚えた。「臨済録」よりも全然わかると思った・・・ユング心理学を勉強してみようと、私なりに思ったきっかけの一つとなった。

 

 しかし、ユング心理学を勉強した後も自分が求めていたものが得られなくて・・・日本に帰国した後、数か月の間、スピリチュアルショッピングをしていた。


 
 つづく・・・

 

2018年12月21日 07:10

死生観の転換(ある患者さんとの体験を通して)その三

 それから、2週間後のこと!


 非常勤先にいくと、朝の回診の時点で、患者さんは下顎呼吸状態になっていた。夕方まで持たないだろうと思った!「もう数日前から、こういう状態になり、いつ亡くなってもおかしくないと数人の先生に告げられていた。おじいちゃんは我慢強いから。やっぱり先生を待っていたんだ」とご家族の方が教えてくれた!心の中が「ありがとう」という気持ちで一杯になった!

 

 その日は、外来診療(午後6時)が終わるまで、病棟から連絡が来なかった!頭の片隅で彼のことが気になり、病棟に早く上がらなければと思っていたが・・・外来が終わって、看護婦さんと少しだけ話をしていた時、待ちきれなかったようで、「早く来て」と彼が私の背中を優しくもしっかり押してきた。私はこの時に、はっきりと彼の存在を感じとり、彼とだけでなく、万物すべてと繋がっているような、愛情に満ちた不思議な感覚を覚えた!思わず笑みが浮かんだ!人間は肉体だけの存在ではなく、たとえ肉体が滅んでも生きているんだとはっきり悟った瞬間だった!

 

 彼の病床に着くとまもなく彼は息を引き取った。ご臨終に際し、心が晴れやかで嬉しさに充ちたのは、これがはじめての経験だった。ご家族の方たちに感謝の言葉ととともに、「おじいちゃんは、先生を待っていたんだ」「先生に見送ってもらえて喜んでいるだろう」と再度仰って頂いた。

 

 これ以降、私は臨終に立ち会うことが苦痛ではなくなり、むしろ、肉体での生を終えてお疲れさまでした。本来の世界かそれ以上の世界にお還りください(ご成仏ください)といつも心の中で思っています。

 

 人間は多次元的存在であることを、身をもって教えてくれた彼には感謝の気持ちでいっぱいです。教えてくれてありがとうございました("⌒∇⌒")

2018年12月20日 07:10

死生観の転換(ある患者さんとの体験を通して)そのニ

 研修病院での三年間を過ごした後、大学院生になった。その時期に、週一回勤めていた大学の関連病院(非常勤先)で診ていた末期癌患者さん(80代の男性患者さん)との間に起きた体験をきっかけに、それまでの私の「死生観」ががらりと変わった!

 

 たまたま私の外来日に、大学からの紹介状を持参し、その患者さんは受診された。紹介状を読むと、末期癌の状態であることがわかった。ご家族の強い希望により、正確な病状は本人には伝えられていなかった。患者さんご本人は、大学病院で治療を受けて病気は治っていて、後は小さい病院にしばらく通院し、養生をするつもりであることは、面談で判明した。

 

 当時の私は末期癌患者さんを見慣れてなかったので、患者さんに他の先生の外来も提案したが、私の外来に通院したいと仰って頂いた。

 

 癌の進行は予想よりも遅かったようで、患者さんは半年間、比較的元気に通院された。この間に、外来で患者さんと色んなお話をすることが出来た。その後、徐々に体力が低下し、どうやら自分は治らないのではないかと勘づいたようで、外来の帰り際にはいつも、「先生、もう僕はだめかしら」と聞かれることが多かった。心苦しかった!患者さんは高齢とはいえ、頭がしっかりしていて、自分の人生の最期の時間の過ごし方をご自分で選択できるはずなのに、そのチャンスを与えられないのは、酷いことのように感じられた。ある時、いつも付き添われているご家族の方に、「本当のことをご本人さんにお伝えさせて頂いてもよろしいでしょうか?残された時間をどのように過ごすかをご本人に決めてもらいたいです」と提案したところ、家族会議を開いて、皆の意見を聞いてから、返事をさせて欲しいとのことだった。

 

 1カ月後にご家族からお返事を頂いた。「おじいちゃんは、先生を信頼していますので、先生にお任せします」と。まもなく、患者さんに本当のことを伝えた!ところが、そういうときに限って難聴が災いしてか、ご本人さんにとってショックが大きくて聞きたくなかったのか、インフォームドコンセントがうまくいったかどうかの確信が持てなかった。

 

 その後は、外来診療の中で、言葉ではなくて、「あなたはこういう状態ですよ」と姿勢で示すことにした。安易に大丈夫という言葉も使わなくなった!ただ、彼のなるべく自宅で過ごしたいという希望はできる限りサポートするように努めた!

 

 あるとき、非常勤先に行ってみると、その患者さんは入院していた。回診の時に、涙目で「先生、畑で転んで自分で起きあがれなかった。悲しくて涙が出てきた。もう入院するしかなかった」と訴えてきた。痛々しい気持ちが伝わってきた!その後、彼が亡くなられるまで、その病院に入院した。

 

 非常勤先での診療が終わると、いつも彼の所に立ち寄った。入院当初は、世間話をすることが多かったが、いつの間にか、話をせずに二人とも窓の外を眺めるだけの日が増えた。あるとき、「先生、暗いところにいる夢をみて怖かったが、明かりが点っているところを見つけ、先生が中にいたのでそこに入った。そしたら、怖くなくなった。先生と一緒にカレーを食べた」と安堵した表情で話してくれた。

 

 あるとき、彼の病床いくと、ご本人は眠っていた。ご家族の方が付き添われていたが、「おじいちゃんは、いつも先生が来てくれるのを楽しみにしているの」と教えてくれた。

 

 つづく・・・
 

2018年12月19日 07:10

死生観の転換(ある患者さんとの体験を通して)その一

 私は、これまで数十人の患者さんのご臨終に立ち会ったが、その中のある患者さんとのエピソードを通して、私の「死生観」が変わった。

 

 医師は、肉体が「生」から「死」へ移る瞬間に立ち会うのが仕事の一つである。その患者さんとの体験を経験するまで、医師の仕事の中で、臨終に立ち会うのが、私にとって一番苦痛に満ちたことだった。できれば、やりたくないといつも思っていた!というのは、私の場合、一番最初に受け持った患者さんのなくなられ方が、余りにも衝撃的すぎて、今でも「臨終の顔」が忘れられないくらい、心の中にトラウマに近いものが残ったからである!!

 

 それからの私はどうしたかというと、臨終に立ち会いたくないから、とにかく患者を生かすように努力した!患者の病気の診断と治療には、並々ならね心血を注いだ。最初の研修病院では、病気の診断がつかない患者さんが紹介されてくると、何故か私が受け持ちになることが多かった!病院での仕事が終わって、夜中0時を回ると、いつも病院の図書館に籠って、病気の診断に結び付くようなものはないかと文献や医学雑誌を読み漁った!そのお陰もあって、珍しい病気がよく見つかった!診断がつけば、治療に繋げることが出来る。このようにして、私が受け持った患者さんたちは、元気になって退院される方が多かった!誇らしかった!この時期は、人の命を助け、活かしていくのが自分の使命のように感じられた。

 

 つづく・・・

2018年12月18日 17:10

四国遍路 お大師様に助けられた?

 大学の親友と冗談半分で、四国の八十八か所を歩いてみたいねと言っていたが、まさか、その友人がお遍路に本当に誘ってくるとは思っていなかった。ある時、いついつ行こうよと言われ、私も軽い気持ちでいいよと応じてしまい、ほぼ準備皆無で、1週間後に初めてのお遍路に出かけた。

 

 徳島県の第一番目のお寺から順打ちで歩くことに決め、最初のお寺で、お遍路に必要な最小限のものをすべてそろえた。何もかも初めてのことで、お参りの作法もよくわからず、最初のお寺でお坊さんに丁寧に教えてもらった。各お寺で「般若心経」も一生懸命あげた・・・私たちは、大学5年生の時に、歩き遍路を始めたので、休みは多く取れず、いつも2泊3日の短期遍路をしていた。

 

 何回目のお遍路のときか忘れたが、ある時、大雨が降った翌日に、歩き遍路に出かけた。遍路ころがしで有名な難所を歩く予定だったにも関わらず、十分な下調べもせずに、山の中の宿をさっさと予約してしまった(^^;

 

 さて、入山という時に、下山してきた健脚そうな中年男性二人に遭遇し、声をかけられた。雨が降った後で、土がぬかるんでいることに加え、健脚の人でも、今の時間(午後2時半ころ)から入山し、暗くなる前に、宿につけるかどうかわからないから、引きかえした方がよいと忠告してくれた。宿を予約しているからどうしてもいかなければいけないとおじさんたちに告げ、私たちは入山した。おじさん二人は、心配そうな顔をして、「気を付けて」と言葉をかけて、私たちを見送ってくれたが、この時内心、おじさん何を言ってるんだ、私たちは足に自信があるし、歩き遍路をしてきたから大丈夫だよ。余計なお節介をしないでよねと思ってしまった(^^;

 

 ところが、入山してしばらく歩くうちに、おじさんたちの忠告が頭をよぎり、しまったと思ったが、時すでに遅し・・・ぬかるんでいる土では、思うように歩けないし、すぐに足を滑らすし・・・一生懸命歩いても、思うように距離を伸ばせない・・・でも今更引き戻せない・・・歩くしかないとあきらめて友人と二人で黙々と歩き続けた・・・

 

 気がついたら、日が暮れ(山の中では早く日が暮れるようだ)、遠くから獣の鳴き声が聞こえてきて・・・思わず身震いした(^^;宿への到着の遅れは必至。早く電話をかけて宿の主人に知らせてあげなくてはと焦るが、電波が入らないーー;

 

 足の疲れもピークに達し、もう歩けそうにない・・・精神的に限界かも!!と思いながら、歩いていたら、
「自分はなんでこんなにしんどいことをしているんだ」「もうこれ以上歩けない」・・・、自己卑下、自己憐憫、他人への攻撃や責任の擦り付けなどなど・・・歩くときは自分と向き合う時でもあって、色んな思いが心の中を駆け巡った。

 

 でも、よく考えてみると、私は多くの存在に助けられてきたんだということに気づき、今まで憎いとか腹がたつと思っていた存在も、私を助けてくれたということに思いをいたした瞬間、涙が溢れてきた・・次の瞬間、私の右隣にそっとある存在が寄り添ってくれているのが感じられた・・・すぐにお大師様だと分かった! 本当にお大師様はいるんだという感動と共に、「同行二人」の深い意味を理解できたような気がした・・・お大師様の存在に救われたような気がした!これまたどうしたことか、先ほどまでもう歩けないと思っていたのに、疲れはどこかへ吹っとんでいったのだ(^-^;

 

 元気を取り戻し、少し先まで歩いたところで、携帯に電波が入ることに気づき、宿の主人に電話を掛けたところ、電話口で心配したよと優しく言ってくれた!宿はすぐそこだから、頑張ってと励ましてくれた(^^)この時ほど、人の優しさが胸に染みる~と思ったことはなかった(*^^*)

 

 何はともあれ、お大師様のお陰で、無事宿についた。夕飯は特別美味しく感じられた("⌒∇⌒") この日は、お大師様の現れ方にビックリし、人の優しさに感じ入り、何もかもあり難く感じられた(足に多くの血豆を作ったが、全然痛く感じられなかった)・・・

 

 この話を結婚した後、主人にしたところ、「滅多にないことだけど、「同行二人」というのは確かにあることのようだね。お大師様の魂の一部である、「教海きょうかい」様(若かりし頃のお大師様の僧名)が、縁の深い人に寄り添うことはあるようだね。あなたは過去生で「教海」様の説教をきいたことがあるようだね」と教えてくれた・・・
 

2018年12月18日 07:10

宇宙に飛び出した(?)体験

  初潮を迎えた日の出来事だった!


 朝起きたら初潮を迎えていたが、初めてのことなので、何が起きたのかがわからず、とりあえず祖母と母にそのことを報告することに!(^^)すると、祖母も母もそれはめでたいことだねと。祖母と母の言っていることがあまり理解できずに、立ちながら彼女たちの会話を聞いていたが・・・

 

 気がついたら・・・私は宇宙に浮かんでいて(母親の胎内にいるような感覚も)、眼下の青い地球を眺めていた。私は自分自身が大きな目玉になっているような感覚で、ゆっくり瞬きしながら、大きな至福感に包まれながら、地球を眺めていた・・・どれほどの時間が経ったか分からないくらい…私は筆舌に尽くしがたい至福感の中にずっとこのままいたいと…。

 

 そして我に返った時、私は元の家に戻っていて、祖母と母の会話を聞いていた。その間、彼女たちは私の変化に気づかず、ずっと話をしていたようだ(^^;私はというと、廊下に立っていたが、雲の上に立っているように感じられ、おぼつなくてよろけそうになるので、廊下を歩いて自分の部屋に戻った。この時は、文字通り雲の上をあるいている(実際歩いたことがないが、そうとしか表現ができない)感覚で、廊下にしっかり足を着地させることが出来なくて・・・何とも不思議な感覚(^^;

 

 その後数日間のことをあまり覚えていない(^^;)至福感が強すぎて、日常の出来事を覚えられなかったようだ・・・ちょうど夏休みの期間中だったので、自分の家から出ることはなかったが、立って歩くと雲の上を歩いているような感覚は数日間消えることはなかった。

 

 月日の流れと共に、私が感じたその至福感は薄れていったが、その後約10年間、何かの折にふと思い出された(^^)この体験そのものを、なぜか祖母にも母にも話せなかった。長い間、その意味を知りたいなあと思っていたが・誰に相談をしたらよいのか分からなくて・・・

 

 シンクロニシティと言っていいかどうかわからないが、日本でユング心理学の分析を始めた時に、自分の分析家(女性)にそのことを話したところ、「あら、偶然ね、ユングも病気で生死をさまよったときに、同じ体験をしていたわよ」と教えてくれた(^^;)

 

 結婚した後、主人にこの体験のことを話したら、それは多次元的な体験だねと(*^.^*)

 

 つい最近になって、「宇宙即我」「銀河即我」「多次元宇宙即我」の中の「銀河即我」の最初のステージ程度を体験したようだねと教えてくれた。ユングは「宇宙即我」までの体験をしたようだねと・・・

 

「宇宙即我」の体験をした後、自分の肉体に戻ったら、すぐに日常生活に戻れるが、「銀河即我」の体験をした後では、肉体に戻っても、日常生活に戻るまでに数日を要するようだねと主人が教えてくれた。

 

「多次元宇宙即我」の体験はどんな感じかしらと主人に聞いたら、知らん顔をしていた(^^;)

 

 ちなみに、後のアナライズで分かったが、その時の体験は、大日意識様(13次元存在。大日如来様は9次元存在)が垣間見せてくれたようだ("⌒∇⌒")
 

2018年12月17日 19:45